gaia*cafe まごころの種を探しに gaiacafe.exblog.jp

ガイア・カフェへようこそ。 日常の喧騒から離れ,ちょっとだけ位相を変えてみませんか。 2010年11月から、8年ぶりにブログに戻ってきました♪この8年の心の旅を折々、綴ってまいります。


by るりら
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龍村仁と龍村ゆかりの初の共著「地球(ガイア)の祈り」が9月22日発売となります。
昨日、最終稿のゲラを確認し、装丁も3つのデザインの中から、ひとつを選びました。

本の内容は地球交響曲第四番、第五番、第六番について綴ったものですが、まだまだ最後の最後まで手直しをさせていただいております。編集者泣かせです。

共著といっても、私は4分の1くらいです。第四番のときの一コマスポンサー運動のことなど書きました。もう8年前のことなのですが、昨日のことのようにありありと光景が浮かんでくるから不思議です。
アマゾン.comでも予約を始まっているようです。また、出版の暁には龍村ファンの皆様との交流会も企画されるようです。決まったらお知らせいたします。
ぜひ、本の感想も聞かせてください。

そしてそして、明日からカナダのコルテス島に行ってまいります。第七番の出演者の交渉です。
無事、承諾していただけることを心から願っております。

そんな慌ただしい中、今日は日帰りで、新潟の南魚沼まで行ってまいりました。
これも第七番の下見などを兼ねた打ち合わせでした。
東京はどじゃぶりでしたが、新潟はなんと、青空で、空気が澄み切っていてとても雄大な風景をロケハンしてまいりました。

3日にカナダから帰国しますが、もし出演交渉が整った場合には、いよいよ第七番、本格的に撮影開始となります。どうか出演が叶いますよう。
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by yukari_ta-ra | 2008-08-28 23:07 | 今日の想い | Comments(0)

御巣鷹山

1985年8月12日、日本航空123便が御巣鷹山に墜落してから、23年が経ちました。
あの事故で、盟友と呼べる友人と、恩人の二人が亡くなりました。
二人は知り合いではなかったのですが、たまたま乗り合わせていたのでした。
盟友とも呼べる友人は、私と同い年、神戸の実家に帰省するところでした。
恩人の先生は、大阪にある教室の支部を開くことになりそのために大阪に向かうところでした。

友人とは、ちょうど帰省する数日前に電話で話したばかりでした。
彼女は、人生をやり直すことにしたと私に語り、結婚するかもしれないと嬉しそうでした。
私も新たな人生を歩み始めたばかりで、その言葉にとても勇気づけられたのです。
恩人の先生は、まだ若かった私にいろいろなチャンスを作ってくれました。

私は、御巣鷹山になかなか登ることができなかったのですが、20年目の年に、決心をして慰霊登山をさせていただきました。
帰り道、人が途切れた山道で、二羽の蝶々が私の頭のまわりをずうとヒラヒラ飛んできました。私も立ち止まり、ヒラヒラ飛ぶ蝶々をみつめ、そして指を天に向かって伸ばしたら、一羽の蝶々が私の指先に止まりました。もう一羽の蝶々もあいかわらずずうとわたしのそばにいます。
指にとまった蝶々は、羽を静かにたたみ、深く息を吸ったかと思うと、そのまま休み始めました。
「えりこ、ごめんね、今まで来れなくて。ようやく来れたよ、怖かったね、辛かったね」
どれだけそうして蝶々と話していたでしょうか。
下からまた登山の人が見えたので、「もういくね。」と声をかけたら、そっと私から離れてゆきました。でもまだずうと私のまわりを飛んでいたのです。

えりことの思い出は、短かったけど、あまりにも深すぎて今でも語ることはできません。
そして、恩人であるW先生のことも。
私は、御巣鷹山の事故以来、自分の過去を一度封印し、本当に全く別の道を歩み始めたけど、
ようやくあの頃の自分を受け入れられるようになってきました。
23歳だった私たち。あれから23年経ったのですね。
何年経っても8月12日が来ると、いつもあの二人の冥福を祈らずにはいられなくなるのです。
遺族にとっては、時間が止まってしまうということを身をもって感じています。
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by yukari_ta-ra | 2008-08-16 20:53 | 今日の想い | Comments(2)

谷亮子 ママでも金!

メダルは銅でも、金に輝いて見えた、という夫の谷佳知氏。全く同感です。
谷亮子選手の北京五輪での戦いぶりは、本当に素晴らしかった。

北京入りする直前の記者会見では、「すべてやることはやった」と語った谷選手。
その真の意味がわかったのは、銅メダルを決めたあとのコメントだった。

そこには本当にすべてを出し切った結果を受け入れる谷選手がいた。
こんなときに、コメント聞かれるのは、どんなに辛いだろう、なんて想像していたことは見事に裏切られ、爽やかに感謝のコメントをした。
「銅メダルという結果より、5大会連続で出場し、世界の選手と競い合えたことがうれしい。家族のサポートがなければママとしてのチャレンジができなかったので、ありがとうで胸がいっぱいです」

出産してからというもの、授乳、子育てを生活の中心に据えながら、五輪を目指し練習し続けた谷選手。それがどんなにどんなに大変なことか、男性にはわからないと思う。
どれだけ努力を積み重ねればいいのかなんて他の人にはどうでもいいことかもしれない。
スポーツ選手が最も求められるセルフコントロール、でも息子のメンタリティのケアもかけがえのないこと。時には自分のことは後回しにしなくてはならないこともあるのが子育て。
彼女が「やりきった」というその言葉には、そういうことも全部含んでいたのだと思う。
やりきっているからこそ、すべてを明け渡すことができる。
谷亮子選手に、日本中のママたちから金を差し上げたい!と思うのは私だけでしょうか。
やわらちゃん、貴女は、真の「ママでも金」です。感動をありがとう。
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by yukari_ta-ra | 2008-08-10 22:49 | 今日の想い | Comments(0)