誰かに似ていませんか。

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風に吹かれながら、美しい棚田の畦道をてくてくてくてく歩くこと20分、田んぼに注がれる水音がなんともここちよく、それだけで幸せな気持ちに。
着いたところは、子宝の寺といわれるチミ・ラカン。500年くらい前に建てられたという小さなお寺でしたが、かわいいお坊さんたちがちょうど昼食のあとで、庭で遊んでいます。
この小さな僧侶にご加持を頂き、私たちも、畦道の脇にある村のレストランへ。
そこのオーナーがこの方。誰かに似ていませんか。
私は、「星野道夫」さんかと思ってしまいました。
ブータンという国は、インドとネパールと中国に囲まれた国だというのに、顔はまるで日本人です。

ブータンの料理は、エマというトウガラシがふんだんに使われていますが、トウガラシというより、どちらかというとしし唐に近いような。とってもおいしくて、辛いものが食べられない私もはまりました。
あまりにもおいしかったので、写真をパチリ。
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食べかけで失礼。

今、ブータンはシーズンオフ。観光で訪れる人も少なくて、静かなブータンの旅です。

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チミ・ラカンの少年僧 袈裟も遊び道具
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# by yukari_ta-ra | 2009-08-29 00:44 |
命の弔い
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ブータンの中を走っていると、民家の近くや見晴らしのいい丘の上に、こんな白い旗がたくさん立っています。
これは、人が亡くなると立てる旗だそうです。
ブータンにはお墓がないのです。

荼毘に付されたあと、遺灰は自然の中に還されます。灰の一部を土に混ぜて、円錐のような形をしていて粘土を焼いたようなツァツァとよばれる、掌に乗るほどの小さな塊を作ります。
ツァツァは、巡礼の道の途中や、寺院のそばなどにそっと置かれています。

命は、その天命を全うすると、新しい命に生まれ変わる。
ブータンの寺院には、六道輪廻の大きな壁画が描かれています。
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プナカ・ゾンの六道輪廻
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パロ・ゾンの六道輪廻


六道輪廻図に描かれているものは、天上界、人間界、畜生界、修羅界、餓鬼界、地獄界です。
このどこの世界に生まれ変わるかは、今生きている日々の心の在り方によると教えます。

輪廻を信じる民たちにとって、今生の自分の名前や存在の痕跡を遺すことは、大したことではないのです。
むしろ大切なのは、今をいかに生き、そして来生を信じること。

そんな教えがあるからでしょう。ブータンの人たちは虫も殺さないのです。ハエや蚊も追い払うだけです。もしかしたらその蠅は誰かの生まれ変わりかもしれません。
山道を登っていた時、一匹の蠅があまりにもしつこくまとわりつくので、手拭いでパンと払ったら、見事に命中してしまい、逆にびっくりしました。日本だったら、叩かれる気配を察した蠅はさっと逃げます。でもブータンの蠅は叩かれることが少ないのでしょう。逃げるということを知らないようでした。

風にパタパタ揺れる白い旗を眺めながら、ブータン人の根底に流れる死生感を感じ、こんなふうに自然に還れることを羨ましく思えたのでした。


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パロ・ゾン
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# by yukari_ta-ra | 2009-08-27 07:04 |
瞑想の旅 ブータン
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ブータンに行ってきました。1週間日本を留守にしていたので、帰国するなり、溜まっている仕事に追われましたが、ようやくひと息つきました。

ブータンに憧れて15年。その想いを実現できたこと、まだ夢見ごこちです。

この国がこの時代に存在していること、それは地球にとってかけがえのない財産だと、心から思いました。

写真は棚田です。
ブータンの農作物はすべて無農薬です。生き物をむやみに殺さない仏教国ならではです。

ちょうど今は、雨季。緑が美しかった。
未だ感動冷めやらぬ。少しづつ、想いを書き綴っていきます。
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# by yukari_ta-ra | 2009-08-14 22:41 |
夏休みです
地球交響曲第七番の撮影はすべて無事終了し、いよいよ編集作業、そして来年の公開の準備へはいりますが、このしばしの合間をぬって、もしかしたら将来、撮影に行くかもしれない地を下見に行ってまいります。
戻りは11日なので、それまでたぶんインターネットもつながらないでしょう。
東京はいつになく、夜が涼しく、過ごしやすいので、離れるのがもったいないくらいですが。
標高の高い山へ行きます。どうぞ皆様よい夏休みをお過ごしください。
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# by yukari_ta-ra | 2009-08-04 03:05 |
食事の基本
おいしいご飯
おいしいお味噌汁
おいしい漬物
おいしいお茶
感謝のこころ



ワーキングマザーにとって、食事の支度をどうするかは大きな課題。
でも、すごくシンプルに考えることにしました。
食べ盛りの息子に「今日から我が家は粗食にします」と宣言したら、
「粗食に関しては、ちょっとうるさいよ」と意外な返事。
というわけですんなり粗食へ。肉料理もずいぶん減らしました。
そしたらおうちご飯がとっても楽になりました!

昨年からはお味噌を自宅で仕込んでいます。
木の花ファミリーが毎年1回開催する味噌仕込み。ここに参加して、作ったお味噌を自宅で寝かせるだけです。
マンションの台所で味噌が作れるとは思わなかったけど、なんと出来たのです。
それもとってもおいしい!3月に仕込んだお味噌は9月にはいただけます。あと1か月。ふたを開ける日が楽しみ~。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-29 21:33 | 今日の想い
皆既日食ケーキ
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皆既日食当日、偶然にも、護摩焚きにいらしていた天河神社の宮司様がお見えになり、なんと直径36.9cmの皆既日食ケーキを差し入れてくださいました。
36.9はみろくです。

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そして、同じサイズのバースデイケーキまで。こんな大きなケーキは初めて。
この日、入籍したカップルと、もうひとり、奄美で夜行貝のアクセサリーを作っているパジャさんもお誕生日、そして、奄美の田中一村さんも生誕101年とあって、みんなまとめてお祝いしました。

天河から始まり、天河で閉めていただいた地球交響曲第七番の撮影は、こうしてクランクアップをしたのでした。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-28 22:02 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて  存在の根源に触れる旅
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皆既のとき、あたりは真っ暗に。明るいところは、皆既になっていないところの光。360度の夕景。
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7月22日、この日のお天気を祈って下さったたくさんの方にお礼を申し上げます。
地球交響曲第七番の皆既日食の撮影は、最も地球交響曲らしい撮影になったと思います。
雲が出ていたので、ダイヤモンドリングは見られませんでしたが、ダイヤモンドリングだけが皆既の醍醐味ではないということを実感しました。

皆既になる直前、風が強くなり、(地元の人によれば、いつもの方向からくる風ではないとのこと)、その風を全身に浴びたとき、「いよいよ始まる」と心が沸き立ちました。

そして皆既。それまで見えていた太陽の光が一瞬で全く見えなくなったのです。
当たり前といえば当たり前のことですが、その瞬間、なぜか涙が溢れて溢れて。

この涙の意味が、自分でもまだよくわかりません。
そこにあるべきものがない。なくなって初めてその存在の大きさに気づくというのか、子供がお母さんを見失ってさみしくて泣く時のような、そんな涙だったように思います。
うちの娘は、暗くなったせいなのか、「怖い」といってそばから離れず、二人で寝転がって空を見上げながら、彼女の手をずうと握っていました。

今思えば、皆既日食のその瞬間は、やはり存在の根源にふれる瞬間でもあったように思います。
私が、この映画を辛くても作り続けてきた本当の理由は、このかけがえのない美しい地球を、人間のちっぽけな我欲で壊してはいけない、失ってからその存在に気づくのでは遅すぎる、きっとそんな思いが根底にあるからなのですね。
でも、そういうことも自分でも忘れていることのほうが多いです。
太陽の光が戻ってきたら、涙をとまりました。
太陽の恵み、月の恵み、大地の恵み。そして家族に、生きとし生けるすべての生命に、とうとがなし、尊尊我無。
本当に、ありがとうございます。

日食こぼれ話
その1
皆既に近づくにつれ、日食グラスでは何も見えなくなったとき、奄美のおばあは、こんなものでお天道様を眺めていました。
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沖縄黒飴のつつみ紙!
で、デジカメの前にこの包み紙をのせて写真をとると・・・
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結構、見える。おばあはすごい。(デジカメのピントは合っていないけど。)

その2
7月21日。小雨がぱらつく羽田から鹿児島乗換えで奄美大島に向けて出発。
「右側に明日の皆既日食が最も長い諏訪瀬島と悪石島がご覧になれます」との機内アナウンスで、外をみると、なんと諏訪瀬島も悪石島も、島の形そのままの厚い雲がまるで蓋をしているかのように島の上にどかんと浮かんでいる。周りにはほとんど雲がなく、キラキラした海面が見えているというのに。
機内のどこからか「あれじゃあ、無理だな」という声。本当に、船も近寄れないほどのどしゃぶりになってしまいましたね。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-27 05:58 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
自然へのはいり方
奄美大島への観光客が増えてきているようですが、残念ながら皆既日食の弊害が早くも出てしまったとご連絡をいただいました。
コアジサシが子育てをする島、バードサンクチュアリに、ダイバーたちが上陸してしまい、びっくりしたコアジサシが卵を置いたまま、消えてしまったそうです。
地元の子供たちが、この場所を守ろう、またコアジサシたちに戻ってきてもらおうと、ロープを張り、看板を立てました。
詳細はこちらのブログを見てください。

美しい自然は、本当にはかなくて小さいのです。ちょっとした人間たちの気の緩みで、あっという間に壊れてしまいます。

西表島の石垣金星さんは、稲が赤ちゃんのときは、驚かさないように、静かに静かにするのが西表の農作だと教えてくれました。
自然の声を聞く、ということは、自分の心をまず静かにするということなんですね。
地球も大きな宇宙の中では儚い存在です。

自然のなかにはいるときは、「入らせて下さい」という気持ちで入ることで、より注意深くもなります。
奄美の人たちは、島外から来る人たちに喜んで帰ってもらいたいと、いろいろな準備をされています。島外の人はそういう気持ちを汲んで、せめて自然を荒らしたり、ゴミを捨てて帰ることだけはやめましょう。

海に潜る人たちも、自分たちだけの海ではありません。そういう気持ちを失わないで欲しい。
そしてもちろん、一番忘れっぽいのは私なので、気をつけたいと思います。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-20 13:25 | 今日の想い
グローバル・チャレンジャー
今日は、グローバル・チャレンジ事務局主催の第1回目の交流会があり、私はゲストスピーカーとして招かれました。
この交流会は、アメリカンドリームを果たし、ロサンゼルスに住んでいらっしゃるある男性が、始められたものです。この方は、ガイアシンフォニーの噂をロスで聞き、どうしても見たくて、ロスからわざわざ下高井戸シネマまで映画を見に来てださったとのこと。感無量。

今日、私のトークにいただいた時間は30分。
最近、TED×TOKYOのトークを聞いてから、20分で話す、ということが自分の課題だったので、30分は多いくらいでしたが、今回は「ミッション」について話しました。
今まで話したことがないテーマでしたが、これがなぜかとってもよかったようです。
もっと話が聞きたい、と言ってくださる方も多く、そのあとの懇親会も質問攻めでした。
この質問に答えながら、ミッションを生きるということについての体験を、何か本に書きたくなりました。

ミラクルとミッション。

本当に楽しい会でした。ご参加いただいた皆様、ありがとうございます。またどこかでお会いしましょう。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-19 23:02 | 今日の想い
グリーンランドの撮影、無事終了
白夜のグリーンランドから嬉しい連絡。
撮影は完璧だったそうです。氷河の間を泳ぐザトウクジラにも何回も遭遇!早く見たいです。

撮影隊は、まもなく帰国ですが、出演者の高野孝子さんはこのままグリーンランドに滞在、イギリスの青少年たちとともに、フィヨルドでの1ヶ月のキャンプ生活が始まります。

高野さんのことを少しだけ紹介します。
学生時代に国際交流の野外教育プログラムに参加したことがきっかけとなり、オースラリアやアマゾンなど、大自然の素晴らしさに気づきました。
31歳のとき、国際混成チームによる犬ぞり北極圏横断に成功、その時にはまだ世に出たばかりのインターネットを持参し、通信衛星が地平線から現れ、近付くタイミングを見計らって、現地の情報を日本の子供たちに向けて発信するということもやり遂げました。
ただでさえ、重装備の北極横断、男性陣は、インターネット発信機材には見向きもせず、そんなもん早く捨てろ、という視線を浴びながら、続けたそうです。
白クマに襲われそうになったり、様々なアクシデントを乗り越えたその体験を、ただ自分の武勇伝にするのではなく、次世代を担う子供たちに伝えたいと、自然教育プログラムを始めます。
文明の利器のないヤップの島に子供たちを連れて行ったり。高野さんのもとからはたくさんのエコリーダーが育ちました。
30代半ばで、イギリスの大学院に留学、極地の暮らしの叡智を未来へつなぐため、イヌイットやアラスカ先住民の暮らしをつぶさに見て歩きます。4年の学びを終え、帰国した高野さんは、地元である新潟で活動を再開、自然農の米づくりに自らも取り組みながら、雪中キャンプや、はたまた企業の自然環境教育の指導者になったりと、その活動の幅をグローバルに広げています。

グリーンランド出発前日に、ささやかな壮行会を行ったのですが、高野さんは「今回はパソコンなしなんです」とさばさばした声でした。
今や、情報の洪水、地球上どこにいっても同じ情報を入手できるこの時代、体で得る情報こそ生きた情報であることを確認するかのようです。

21世紀、医療と教育の分野にこそ、意識の変化が求められていると強く感じています。

本来のあるべき姿とは、進むべき道とは、そんなことをアンドルー・ワイル博士や高野さんの経験を通して、問いかけるのが「第七番」です。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-18 07:20 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
マイケル・ジャクソンが繋いでくれたもの
マイケル・ジャクソンが亡くなった日、クリスからのスカイプがありました。

「今朝、ニュースをみて、クリスのこと思っていたところ。元気?」
「メディアからたくさん問い合わせが来てるよ。それより新しい僕の曲聞いて入れる?」

クリスことクリストファー・カレルと知り合って22年。マイケル・ジャクソンが初来日公演を行った1987年のことでした。
クリスは、マイケル・ジャクソンのバンドのメンバーであり、バッドやスリラーの曲をマイケルとともに生み出したギタリストです。ステージでは長い金髪振り乱してエレキギター(っていうのかな)を弾いてました。
当時、私はシンクラヴィアというシンセサイザーとコンピュータを合体させた最先端のオーディオを輸入販売するスタジオで仕事をしていました。
映像制作の会社だと思って入ってみたら、レコーディングスタジオだった、という曰く付きの勘違いから始まった仕事なのですが、マイケル・ジャクソンはそのシンクラヴィアをコンサートに使用することになっていたのです。
そんなこんなの流れでマイケルとともに来日していたクリスと友達になったのですが、なぜかとてもウマが合い、以来、アメリカの彼の家を訪ねたり、来日のときはお互いの近況報告をしながら食事したりする仲です。

地球交響曲第一番のDVDの追加販売のときに、エンヤの所属するイギリスのレコード会社が、追加プレス分の音楽使用許諾を認めてくれず、エンヤへの直接交渉を試みたものの、マネージメントサイドからでも埒が明かず途方に暮れていたとき、クリスがやってきて、「新しい曲が出来たから聞いて」と持ってきてくれました。

その曲を聞き終えたとき、まるで異次元の世界から戻ってきたような、不思議な感覚になりました。
自意識を取り去るという感じでしょうか。
クリスに、実は今エンヤの曲が使えなくなり、曲を差し替えなくてはならないのだけど、この曲をエンヤの曲の差し替えに使わせていただけないかと相談すると、クリスはとても喜んでくれました。
音楽ビジネスの最先端にいたクリスですが、ショービジネスからは離れ、人の意識を変えてゆく音楽づくりを目指していました。
差し替えなくてはならないエンヤの曲は2曲です。
もう1曲は映像のイメージに合わせて、クリスが新しく作ってくれることになりました。
ちょうどアメリカに行く予定があった私は、クリスの自宅兼スタジオに行き、映像を見ながらあれこれ相談、2曲目も完成させることができました。
第一番のDVDからエンヤが消えてしまったことは本当に残念ですが、こうして新しい「スペシャルエディション地球交響曲第一番DVD」が生まれたのです。
その2曲を収めたCDアルバムが「ishwish remember」です。
ishwish はイシュウイシュと読みます。クリスの音楽活動をするときの名前で、プレアデスの言葉だそうです。アルバムのタイトルがremember です。

クリスは今年の4月から活動拠点を日本に移しました。今伊豆で、新しいスタジオを作っています。
ishwishのセカンドアルバムは「The Gates of Dawn」。訳すると、夜明けへの扉、ということでしょうか。
新しい時代の意識への門をあける、そんな曲です。
この新しいアルバムを届けてくれたクリスとの会話で印象に残ったことば、
プレナム・ヴォイド

「現代人は物はいっぱい持っているけど、心が空っぽの人が多いね。でもね、真空の宇宙にはたくさんの神秘が満ち溢れているんだよ。」

マイケル・ジャクソンも好きだったという日本でまもなく本格的な活動をはじめるクリス、スタジオづくりが落ち着いたら神社などで奉納演奏したりするかもしれませんから、楽しみにしていてください。

マイケル、クリスに出会わせてくれてありがとう。感謝。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-17 05:09 | 今日の想い
チベットとウイグル
昨年、北京オリンピックを前にチベット問題が表面化し、チベットと同じ仏教を源にもつ日本でも、中国とチベットの不条理な関係に異を唱え、チベット問題の解決を願うデモなどが何回も起こりました。

地球交響曲第二番で、ダライ・ラマ法王を亡命先のダラムサラで取材させていただいたのは15年前。そのときに実際にヒマラヤを越えてチベットからダラムサラに亡命してきた子供たちや尼僧に出会い、子供たちの足の指が凍傷で無くなっていたり、命を落とす子供たちもいるという現実を目の当たりにしてから、チベットの問題は他人事ではなくなりました。
この国に、この民族に何が起きたのだろう、といろいろと読み漁りました。

ダライ・ラマという存在を知ったのは、それよりもまたさらにさかのぼり、25歳の時でした。
そのときはチベットという国がどこにあるかも知らず、自分にとっては非現実に過ぎなかったのに、まさかこんなに深くチベットに関わることになるとは、あのときは想像もしていませんから、人生とは本当に何が起きるかわかりません。

ですからチベット問題が表面化したときには、なんとしてでも国際社会に向けてもっとアピールしたいといろいろやりましたが、今個人的には、壁にぶちあたっています。
それはやはりチベット語ができない、ことです。チベット語もできない、チベットの歌も歌えない、チベットの精神性に敬意を持ちながらも、私は実はチベットのこと何も知らないのではないかという思ってしまったのです。
中国の共産党についても、同様です。
その恐ろしさを日本人の私たちは何も知らないのではないか。
安く製品が作れるメリットがあると、日本からもたくさんの企業が中国に進出しましたが、経済効率を追求するあまり、実は私たち日本人は、最も大切な尊い精神性を悪魔に売り渡してしまったのではないか。私たちの子供たちの世代に、負の遺産を知らず知らずに積んでいっているのではないでしょうか。

今、ウイグルが大変な緊張状態になっており、多くの犠牲者も出たとの報道があり、チベット支援団体に中国共産党に対する抗議声明への連名が呼びかけられています。

でもちょっと待ってください。ダライ・ラマ法王は非暴力を貫いています。中国の民主化への運動が起きると、それはチベット人をも流血に巻き込むことになります。犠牲者を出さないため、民族を守るために非暴力を徹底して貫いているのです。しかしウイグルは、イスラム過激派がアルカイダと結託しているのではないかとの情報もあります。ですから、同じ中国内の少数民族の問題とはいえ、ウイグルとチベットは違うと思うのです。
チベットに対して何らかの支援をする場合には、その違いを理解した上で行うことが大切です。

それにしてもチベットが自治を確立する道は、中国の民主化しかない、という人もありますが、チベット人がちゃんとチベットに戻り、平和に暮らせる道は、ほかに本当にもうないのでしょうか。
お釈迦様の教えを実践しながら生きる人々が苦しみから解放される日はいつなのでしょうか。

ダライ・ラマ法王がウイグル情勢について以下の声明を発表しています。

「私は、このウイグルにおける状況の悪化を憂慮するとともに、犠牲となった方に深い悲しみを覚えています。
中国指導者がこの状況に対して、理解の精神と広い視野を持ち、自制し冷静に対応することを強く求めます。
私はこの悲しい事件の犠牲者とそのご家族、そして被害に遭われたすべての方に祈りを捧げます。ダライ・ラマ 」
ダライ・ラマ法王事務所HPより)

今、私にできること。それは真実を知ってもらうということです。
ダライ・ラマ法王を信望しただけで33年間も投獄されたチベット僧のドキュメンタリー映画「雪の下の炎」が渋谷のアップリンクで上映されています。よかったら映画を見てください。そしてチベットの今を感じてくださればありがたいです。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-11 22:58 | 今日の想い
ジェツン・ペマ女史のお話
今日はダライ・ラマ法王14世の74歳のお誕生日です。毎年、この時期には、ダライ・ラマ法王事務所と在日チベット人の皆さんが中心となって、猊下の誕生祝賀会が催されます。
今年は、特別ゲストとして、ダライ・ラマ法王の妹として生まれ、チベット子供村の創立者でもあられるジェツン・ペマさんがダラムサラから招かれました。ペマさんはチベットの子供たちの教育に生涯を捧げていらっしゃいます。

昨日は、ペマさんの講演会でした。
今回、私も初めて知ったことですが、チベット子供村では、英語教育に熱心なばかりでなく、モンテッソーリの教育も取り入れられているということでした。
モンテッソーリは、イタリアの幼児教育の第一人者です。でも日本では、モンテッソーリ教育はプライベートな教育機関でしか取り扱われておらず、公的な教育機関ではほとんど取り入れられていません。
モンテッソーリのとても良いところは、子供たちひとりひとりの成長に合わせ、様々なプログラム(教具など)があり、子供たちは自分の一番したいことにゆっくりと取り組めるように考えられているところです。
子どもたちは、時には一日中、同じことをしていてもいいのです。ひとつのことをやり遂げた満足感や達成感を自らが体得してゆくことで、他人にほめてもらうために何かをするのではなく、真の喜びを自らの中に見出す、そのための教育です。
日本では、時々、お受験のツールのように勘違いされることもありますが、そのような一義的な幼児教育ではありません。モンテッソーリ教育の素晴らしさは、他にもたくさんあるので、また機会があれば書きたいと思います。

会場からの質問で、「子供たちにどうしたら大人に対する敬意を持たせることができるのか」というのがありました。
ペマ女史の答えはとてもシンプルでした。それは「子供にそのようなことを期待してはいけません。まず、大人が子供に敬意を持つことこそ大切です。」というものでした。
親は小さな子どもに、「ありがとう、といいなさい」とか、「あいさつしなさい」とか他人の前でよくいいますが、子供にあいさつの仕方を教えたかったら、そのような言い方ではなく、まずは親がしっかり挨拶の出来る人になり、小さな子供へも挨拶できる大人、になるということでしょうか。そして子供たちにたっぷりの愛情をそそぐ、それこそ子供に好かれる大人になる秘訣なのではないでしょうか。
ペマさんの笑顔は、ダライ・ラマ法王に匹敵するほど、まるで観音様のような素晴らしい笑顔でした。
憧れの女性がひとり増えました。
明日は・・・満月の七夕です。晴れますように。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-06 23:47 | 今日の想い
皆既日食を求めて おわり とうとがなし
46年ぶりという皆既日食ですが、どうしてこんなに行きにくい場所なのでしょう。
屋久島と奄美大島の海域にあたる皆既日食のベルトが、少し北にずれていたら、九州全域で観測できたでしょうし、もう少し南にずれていたら沖縄で観測できたことでしょう。

でもそう簡単に足を踏み入れることのできない場所だからこそ、そのベルトのなかに入ろうとしている人たちみんなに、それぞれのドラマが起きているのではないでしょうか。
聖地に赴く、とはそういうことなのではないでしょうか。

日食当日に、意識のブレイクスルーが起きるのではなく、日食に行こう、と思ったところから、ブレイクスルーが始まったようです。
もし7月22日嵐になっても、飛行機が欠航になっても(あまり考えたくないですが)、この皆既日食を求める旅の途上で出会った人々、そしてこのミラクルな旅に共感してくださる方々に出会えたこと、そのことが私のブレイクスルーになりました。
今まで封印してきたもの、それは忌むべきものではなく、それこそが宝だったのですね。
嵐がきたらどうなるの、と心配するよりも、まずは一歩を踏み出す。そのことのほうがより生きる道が豊かになると実感しています。

この旅の最後に出会ったことば、それは「とうとがなし」です。

とうとがなしとは、島の言葉で、
感謝や祈りの言葉で、漢字で書くと尊尊我無と書き、
『自分への見返りなど求めず、ただただ、感謝する』
という想いが込められています



と教えていただきました。

奄美大島ではこの皆既日食に合わせて、とうとがなしというイベントが計画されています。

「島の人たちは、ずっと自然や先祖に祈り感謝しながら生きてきました。
けれども、その美しい心とそして、島を育んでくれた美しい自然が、
今静かにけれど確実に消えつつあります。
日食という素晴らしい自然現象をきっかけに、一人でも多くの人たちが
その心を思い出してほしいと思いますし、
このイベントがその手助けの一つになればと思います。」

ということで、パタゴニアの創設者イボン・シュイナードと龍村仁、そして島のばしゃ山村の奥氏と三人のトークショーが7月23日に開催されます。
当初は、イボンの対談相手はジェリー・ロペスだったのですが、サーフ大会と重なってしまい、急きょ、龍村仁に白羽の矢が向けられました。
入場料は無料です。経費は、オーガニックの日食記念Tシャツの収益から賄うそうです。グッドアイディアですね。(サイトがアップされたらお知らせします)

ミラクルな旅のお話はいったん、ここで終わります。読んでくださったことに感謝です。

とうとがなし。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-04 15:25 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて9 奄美に行く



思えば、地球交響曲は、いつもいつもシンクロニシティが起きていました。
見えない力に助けられてきました。

正直に告白します。私自身、今まで何度も何度も龍村仁と仕事をしたくないと思い、何度も何度も辞めたいと思いました。
この2年は、出来るだけ夫と距離を置くようにしてきました。
伊豆大島の友達のところに何度も何度も行き、自然の力に助けられ、なんとか保ってきていました。

「地球の祈り」の私の書いた章は、龍村仁への恋文です。
口からはなかなか言い出せない想いを込めました。というより、辛労で心が荒んでしまって、言葉が出なくなってしまったから、せめて文章を書く時だけは素直な気持ちになりたい、と思って書いたのです。書いていたときは、まさか本になって残るとは思っていませんでした。ある雑誌への寄稿でした。

映像の仕事はもう20年以上になります。その前は女優にスカウトされて俳優術を学んでいました。でもその頃は、「この仕事は私に本当に向いているのだろうか」と悩んでいました。
演じる側より、裏方で作り上げてゆくことのほうが性に合っていることがわかり、ビジョンを得て演出家になりました。そのときは「どうやったら、もっと良い作品が作れるのだろう」と悩んでいました。
あるとき、ふと気がついたのです。
悩みのレベルが違うことに。
向いているのかどうか、なんて悩む時ははっきり、向いていないのです。

そうか、今のこの仕事こそ天職なんだって、心の底から思いました。そう思ったときに龍村仁と出会い、地球交響曲をともにつくることになったのです。

あれから18年。
天職だと思ったけど、辛いと思うときのほうが多くて、本当に何度も何度もやめたくなったけど、その度に、ミラクルが起きて救われてきたことを、思い出しました。
結局、自分に与えられた運命から逃げずに、前を向いて歩いてゆくしかないんですね。

路傍の花に愛でられながら、ね。

有難い、って英語で言うと、「ミラクル」と同義語だって教えていただきました。
あり、がたい、から、すなわちそれは奇跡のこと、ミラクルのこと。

奄美大島でもミラクルがありました。
海辺に、主を失った子供のビーチサンダルがぽつん。
たった今、娘と「サンダルを忘れてきたね」と話したばかり。
そのサンダルは娘の足にぴったり。
こんな他愛もないミラクルですが、やっぱり有難かったです。
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# by yukari_ta-ra | 2009-07-02 22:50 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー



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