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皆既日食を求めて8 ミラクル
きっと、このミラクルが起きていなければ、私は皆既日食への旅路をここまで書くことはなかったでしょう。
でも奇跡ってあるのだと、何か本当に大切なものが生まれようとする瞬間とはこういうものなのだと、思わずにはいられないそんなことが起きたのです。
これは本当の話です。

昭子さんは、電話でこう言いました。
「奄美大島で、ガイアシンフォニーの上映会をしたいと言っている女性がいて、もしかしたら監督たちが撮影で来るかもしれないわよ、と伝えたら、奄美でできることがあれば手伝いたいと言っているけど、どうかしら?連絡先教えてもいいかしら?」

実は、アンドルー・ワイル博士が日本で皆既日食を見たいという話があり、そのときは奄美にご案内し、その足で西表にもご案内したいと昭子さんにお伝えしてあったのです。
残念ながらワイル博士の来日はなくなりましたが、昭子さんはそのことを覚えていてくださったのです。

「もし、車とか貸してくださるだけでもとても助かるので、ぜひお願いします」と伝えたら、すぐにその女性から電話がありました。
田町さんと名乗るその女性は、来年、ガイアシンフォニーの上映会を田中一村美術館で開催したいと思っています、といい、もし奄美に来られるならお手伝いします、といいます。


「もし空港まで迎えに来ていただけたら助かります、お願いできますか。」と田町さんにお願いしたところ、
「レンタカーを用意すればいいですか?大きさは?1台ですか」とテキパキいいます。

「え?でもレンタカーは1台もないと聞いていますけど」
「そうですね、でも今はなぜかとれます。私は今なぜかそういうところにいます、もしかして航空券とか必要でしたらとりますよ」
「え?航空券もないといわれてますけど。」
「そうですね、でも今だったらとれます。宿泊はどうなっていますか?」
「テント村なんですけど。」
「そうですか、必要なこと全部言ってみてください。今日、明日だったらできるかもしれません。私に全部預けてください、細かいことはあとにしましょう」

まるで狐につままれるとはこのことです。
阪急交通社に電話して確認したところ、やっぱり追加も変更もできない、といいます。

それで田町さんに、とりあえず必要なことをすべてお願いしました。
1時間後。
「レンタカー2台とれました、それから航空券もとれました、宿もとれました、これで大丈夫ですか」

なぜ??
なぜ???
なぜ!!!!
何が起きたの!!


田町さんは、すべて予約できたというお知らせのメールにこう書いてきてくれました。

「・・・なお、電話でも少しお話したとおり、私の本職は、ガイドとツアー、イベントコーディネイトです。
石垣昭子さんとは、昨年からご縁ができ、西表島の封印された聖地に奄美から龍の名前がつくお酒をもって昭子さんと一緒にお参りさせていただきました。
ガイアシンフォニー5番の昭子さんの工房の近くにある聖地に降り立つ白い鳥に化身する神様が降りる場所は、実は奄美にもあって、そこの浜に、昨年、昭子さんと久高島のユタの方と一緒にお参りしました。
その浜の後ろにそびえる山の上には神社があって、そこには、竜宮の女神様がいらっしゃいます。
つい、先日、そこの神社で、奉納舞をするツアーをやったばかりです。
詳しくは、このメールからは、あまりお話できませんが、今回の皆既日食には、ずーっと前から計画された見えざる神の手が動いていると私は思っていて、龍村さんたちがこられるのも必然だと思います。
地球の祈りのあとがきを書かれた日から、すでに今回のことは決まっていたのでしょう。
チケットが確定したら、私個人のメールからまたメールさせていただきます。
ということで、お会いできるのをとてもとても楽しみにしています。」

そして、さらに翌日。

「もしお時間が許すのなら、できれば日食の撮影の前にゆかりさんお一人でも1泊でもよろしいので一度こちらにロケハンにいらして、聖地にお参りしてこちらの神様とお話し、いろいろと下見されることを私個人としては、強くお勧めします。
お電話でも少しお話しましたように、今回の皆既日食は、人が神や自然の声を聞き、それに従って生きていた
はるか昔の叡智が蘇る時代の幕開けとなると私は思っています。
ここ奄美には、そういう古い叡智が静かに眠っています。
現在の日本神道のさらに原型のようなものがエネルギーとして残っているのです。
奄美にいらしても神社があっても宮司さんがいるわけでもなく、伊勢神宮や天河神社のような立派な建物はありません。
奄美は、ただ“感じる”場所なのです。
昨日電話でお話した撮影予定地の近くにある蒲生(がもう)神社も古い社が山の中にあるだけで、映像として写しても何もないかもしれません。
けれど、そこは、古い古い時代に(たとえばムーのような)神事を行っていた場所であり、感じる心と体さえあれば、いろいろなことを感じることができると思います。」

こんなすごい言葉をいただいたら、行かないわけには参りません。
「奄美には絶対にいかない!」との決意はどこへやらです。ただただ、ひたすらひれ伏すしかありません。

というわけで、仁(ひとし)さんと私と娘の三人で仲良く行ってきました!
ちっぽけな私利私欲の感情なんて、何の意味もありませんね~。

なぜこんなミラクルが起こったのか、それは奄美にロケハンにいったときに教えてもらいました。

田町さんは奄美大島のフリーのツアーガイドです。ところが2月にクロウサギの調査で入った森のなかで滑り落ち、骨折、2ヶ月半入院、退院後も動けないので10日くらい前から奄美の旅行会社の内勤の仕事についたというのです。
そして私たちのことが気になり、昭子さんに電話をして、連絡してもらったとのこと。
ちょうどそのとき、航空券は15名のキャンセルが入った直後、レンタカーは、実はTレンタカーのインターネットのシステムの不具合で、車がないのに予約が入ってしまったことがあとで判明。田町さん曰く、「私もなぜかとれるので不思議だったんですよ、今はもう無理です。」
宿も、実はまだ建築中なのだけど、予約がキャンセルになったのでそこにお願いしたことなどなど、訳を教えてくれました。
そして、私たちの著書「地球の祈り」のあとがきが「7月22日」だったので、そのときからこうなると思ってました、というのでした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-30 00:00 | 今日の想い
皆既日食を求めて7 ミラクル起こる前
5月29日金曜日。
諏訪瀬島への可能性が見い出せず、奄美大島での撮影の比重が大きくなったものの、こちらは6名しか申し込んでいません。もうこの時点では、ツアーの一般申込みが始まっており、阪急交通社からも人数の追加はできないといわれておりました。
それなのに、監督は、奄美大島にカメラをなんとしてでも2台持ち込みたいといいます。そのためには6名の枠を増やさなくてはなりません。そのうえ、カメラマンからテントは嫌だとか、風呂かシャワーがないと嫌だとか、注文がつきます。
確かに、宿泊はテント村しかとれていないし、ましてやレンタカーももう一杯でとれない状況で、鹿児島からフェリーで運ぶしかないのですが、そのフェリーだって予約がとれるかどうかわかりません。
何もかもがもうこれ以上、どうやっても無理難題ばかりなのです。
なのに監督がそこで「ゆかりがいかなければ、もうひとりスタッフが増やせるだろ、沖縄からのフェリーとかもあるんじゃないか」と言い放ったのです。
その瞬間、私はぶちぎれました。半端じゃなく切れました。
今まで耐えに耐えてきたことがあふれ出たのです。
龍村仁事務所設立から10年、会社の切り盛りをやってきたのは私です、子供たちを預けながら仕事をするだけでも、子供に何かあれば母親が忙しいせいではないかと言われ続け、どれだけ気を使っていることか、自分の時間をすべて無くし、会いたい友達に会うのも、いちいち許可をもらい、友達の誘いを断ることも数知れず、どれだけガイアのために時間をかけてきたことか、少し自分の時間を作っただけで「自分のことばっかり身勝手に動いている」などとあなたに嫌味をいわれても聞こえないふりをして耐えました、好きな映画もテレビドラマもあなたが嫌いだというから見られなくなり、仕事ではあなたのしりぬぐいもしてきました、被害妄想からすぐに感情的に怒鳴りまくるあなたにも我慢してきました、子供の前でタバコを吸うのも耐えてきました、エトセトラ、エトセトラ、でももう限界。
「わかりました、もう私は一切、何もやりません。奄美にも行きません!あとは全部自分でヤッテクダサイ!!!」
心は、絶縁状態。
涙があふれて、仕事になりません。
もう何があっても奄美にはいかないと心に決め、家に帰りました。正直、こんなことは初めてでしたが、どれだけこの人は私を踏み台にするのだろうと、もう本当に許せなかったです。
帰ってきた夫は弁解し謝りましたが、私から出てくる言葉は今までの憤懣ばかり。
「私がいないほうが、自分の思い描く通りにできるんでしょ、そうすればいいじゃないですか、私はもう何も一切やりませんから。」
私はいつもいつも緊張しながら仕事なんかしたくなかったのに、いつのまにか、いつもいつも龍村仁のことを気にしてばかり、本来の自分らしさが全く出せない、私は美しい自然の中で友達と助けあいながら、自然に感謝しながら祈りのなかで暮らし、時には歌をうたい、時には踊り、辛い時も祈りと感謝のなかで、そして最後は土に還る生き方をしたいのに、東京の都会のど真ん中で、映画を作るためにいつも製作費の工面の心配ばかりで心も体も擦り切れ、挙句の果て、いなくていいなんて、ひどすぎる~~!!と心が泣いてしまったのです。
夫は、「ゆかりが行かないのなら、日食の撮影はしない」とまで言いましたが、だったらなぜあんなことが言えるのか、ただのその場しのぎにしか聞こえません。

とにかく、もう何も考えられず、その週末の土日は、娘のスカートを縫い、部屋を思いっきり片付け、仕事のことは一切忘れ、時間を過ごしました。

そして、6月1日月曜日の朝、また青木さんからお電話が。今日が最終申込日です。
青木さんは役場になんとか名前が変わってもガイアシンフォニーのスタッフを入れてほしいと頼み込んでくださったそうですが、変更は一切できないといわれたとのこと。
「こちらも状況は何も変わっていません」と話し、電話を切りました。

でも、気を取り直して、とにかくもしかしたら、諏訪瀬の受付状況がまだこの先変わるかもしれないし、せっかく島民枠に入れていただいたのだからダメもとでも申し込みだけはしておこうと、スタッフの西嶋に諏訪瀬に電話をしてもらったら、
「今、十島村役場に島民枠キャンセルの連絡をしたところです、もうそれを取り消すことはできません」とのこと。
肩から力が抜けてゆきました。この半年はなんだったのかしら、と無力感がどっと押し寄せてきたその直後のことです。西表島の石垣昭子さんから電話がありました。
その一本の電話がミラクルの始まりでした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-29 22:13 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて6 全部ご破算!
5月のGW。ずうと休みなしだったため温泉に行きたいという、夫のためにどこも満室で予約がとれない中、草津温泉にかろうじて部屋をみつけ、1泊2日のバス旅行で出かけ、あとはまた映画制作に舞い戻り。

その後まもなく来日するグレッグ・レモンの撮影のために、紀伊半島ロケハンに出かけたことはブログに前出ですが、そのロケハンの前に和歌山大学の尾久土先生の研究室をお訪ねしました。
先生は皆既日食には、皆既日食ウイルスというのがあり、そのウイルスにかかってしまうと、仕事そっちのけで皆既日食を追っかけるようになってしまう、自分もそれを知っていたので、それは老後の楽しみにするつもりだったが、日食のライブ中継の映像を手伝いをしただけでウイルスにかかってしまったと照れながらおっしゃいました。
私も皆既日食は見たことがありませんでしたが、昨年もなぜかモンゴルの皆既日食ツアーに誘われたり、まわりに皆既日食ウイルスにかかっている人がいることを思い出しました。
なので、うかつに皆既日食について触れてはいけないなと肝に銘じました。
奄美大島からの中継方法について詳しく伺いました。私たちの状況としては、宿泊先もないし機材を運ぶレンタカーもないのですが、テントなどを用意し、あとのことはまたあとで考えることにしました。

5月20日、島民枠がとれたとの連絡がありました。しかし取れたのは、19日の鹿児島発ではなく、奄美大島の名瀬港発です。万事休す。急遽決まったグリーンランドの撮影隊が帰国するのは、19日の朝。その日に鹿児島へ移動すれば鹿児島発の夜のフェリーに乗れる予定だったのですが、奄美発は無理です。
グレッグ・レモンの撮影中でもあり、次なる手が何もみつかりません。
28日になってまた諏訪瀬から連絡が。6月1日が最終申込だというのです。え~、聞いてない、もう少し考える時間がほしいのに、グリーンランドも諏訪瀬もスタッフを入れ替えることもできず、ついに青木さんからも「失礼じゃないか」とお怒りの連絡が。
本当に諏訪瀬の方に、たくさん尽力いただきながらここまできたものの、このスケジュールではどうしても無理なのです。申し訳ない、という気持ちとやるせなさで胸がつぶれそうでした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-28 11:43 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて5 島民枠エントリー
バンクーバー島のジョンストン海峡に浮かぶ小さな島、コルテス島は住んでいる人も少なく、通信網ももちろん整備されていません。泊まったコテージの部屋には電話はなく、外に公衆電話がひとつ置いてあるだけ。
携帯電話もかろうじて電波を拾える場所はありますが、常時使えるわけではないし、インターネットも、コルテスマーケットという小さなスーパーのところでしか使えません。
時差もあり、日本と連絡をとるのは至難の業でしたけど、かろうじて諏訪瀬からのメールを受け取ることができました。
島民枠の受付は1回だけ、締切は4月23日、名前の変更は不可、フェリーの時間は往路は3行程、復路は4行程から希望を出す、希望者が多い場合は抽選、とのことでした。
往路の行程は、7月17日23:50鹿児島発、7月19日4:00奄美大島・名瀬発、7月19日23:50鹿児島発の3つです。
7月17日からだと東京に戻るまでの9日間をカメラマンと機材を確保しなくてはならず不可能、そこで19日の鹿児島発を選びました。
次にスタッフですが、カメラマンに相談したところ、7月に誰が行けるかなんて決められない、というのです。
確かに私たちだけの仕事をしているわけではないので当然のことです。もう一度諏訪瀬に、名前の変更の可能性があることを伝えなくてはなりません。そのやりとりをするだけなのに、電話もインターネットもなかなか通じないため、二日はかかってしまいました。
バンクーバー時間の4月22日が受付締切日。21日にコルテス島の撮影を終え、その夜バンクーバーのホテルからようやくメール連絡ができました。結局、現段階で出せるスタッフの名前4名で申し込むことにしました。
皆既日食の撮影をするためには、カメラが2台は必要だということになり、もし諏訪瀬に行けた場合は、奄美と諏訪瀬でそれぞれ1台ずつ、二班体制にすることになりました。

帰国後、諏訪瀬島で太陽と月のまつりを計画している井村純平さんとマンゴスチンのダイスケさんがオフィスを訪ねてくれ、もしガイアシンフォニーが諏訪瀬島で撮影することになった暁には、手伝いますと、有難いお言葉もいただいたのでした。
抽選待ちとはいえ、日食を通じて人の輪が広がってゆくことに、希望の光を見た思いでした。
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photo:お土産にいただいた「トカラーゼ」。トカラの野草をふんだんに使ったおいしいソースです。マンゴスチンオリジナルです。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-27 11:00 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて4
3月。
私は、国立天文台の方を友人に紹介してもらい、コンタクトを取りました。こんな厳しい状況のなか、どこで皆既日食の記録をとるのか知りたかったのです。
そこで、和歌山大学の尾久土先生を紹介されました。
尾久土先生は、皆既日食をライブ中継するエキスパートです。当初、トカラ列島の中之島天文台からのライブ中継を考えたそうですが、やはりツアー客でないと上陸できないということから、奄美大島から中継することにしたとのことでした。
奄美大島は、全域で皆既日食が観測できるわけではなく、島のほぼ中央に皆既帯南限ラインが通っています。そのラインより南では皆既にはならず部分日食です。皆既日食の継続時間は3分前後と、諏訪瀬島や中之島の半分ですが、
「奄美ではだめですか?とてもいい観測場所があるんです。」と先生はおっしゃいます。
もし奄美で良ければ、ライブ中継にガイアシンフォニーの撮影スタッフが同道することは問題ない、今なら人数を増やすことはできるとのことでした。皆既日食ライブ中継は、阪急交通社と提携して今までも世界各地で行っており、今回も航空券の手配を一括して行ってもらえるといいます。

その頃、諏訪瀬島の青木さんや島民の方が、まだほかに上陸の方法はないか考えて下さっていましたが、私たち自身が諏訪瀬島での撮影に関してはこれ以上は成すべもなく、尾久土先生の言葉に甘え、とりあえずガイアシンフォニーのスタッフ6名を日食ライブ中継班に加えてもらうことにしました。
4月。
アンドルー・ワイル博士の撮影をアリゾナで終え、コルテス島へ移動した私たちのもとへ諏訪瀬島の方から連絡が入りました。それは十島村(としまむら)が島民枠の受付を始めることになり、親族だけではなく、友人たちも受付してくれることになったので、至急連絡を取りたいというものでした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-25 23:58 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて3
十島村は、屋久島と奄美大島の間に位置する、人の住む有人島7つと、無人島5つ(いわゆるトカラ列島)からなり、人口は全体で630人あまりと、小さな島々が集まった村です。諏訪瀬島にはそのうちの50人が住んでいらっしゃいます。
島には、旅行者を受け入れる施設はほとんどなく、キャンプをするにしても、食料も現地で調達することはできないし、水もトイレもなにもありません。
島々をつなぐフェリーは週2便です。このフェリーは島民の足ばかりでなく、食料も荷物も何もかもがこの船で運ばれます。この船の運航のために、十島村はたくさんの予算を使っていますが、自力で運航できるわけではなく、県とか国とかから予算をつけてもらっているようです。
そんな小さな島に、もし、一時的にせよ何千人もの人が島に上陸したら、島が荒らされるのではないか、もし、急病人などが発生したらヘリで病院に搬送しなくてはならないのではないか、水がいっぺんになくなり、島の人たちが生活できなくなるのではないか、ゴミが大量に発生するのではないかなどなど、たくさんのことを十島村は心配し、自分たちの財政ではとてもまかなえない、これは島にとっては人災だ、とのことから、Kツーリストに旅行客のコントロールの一切合財をお願いしたそうです。

つまり、島民の親族以外は、ツアー客として皆既日食に参加していただきたい、とのことでした。
ひとり40万円です。撮影のスタッフはカメラマン、カメラ助手、録音、監督、制作、最低でも5人はいます。
それだけで200万円です。撮影機材を借りて人件費も払わなければなりません。それも一日ごとに費用がかかります。ツアーは最低でも5日、そこに鹿児島の往復を入れて6日。つまり6日分の機材費と人件費も払うことになります。どう見積もっても400万円近くがかかるのです。
テレビ局や国立天文台などの専門家なども皆、ツアー客として扱い、それもすべて抽選します、との説明でした。島のインフラ整備は受益者負担なので、ツアー代金が高くなるとのことでした。

あまりにも私たちにはハードルが高すぎました。
それでも、役場のあと、諏訪瀬島には予定通り訪れ、青木さんから紹介された島民の方々に、地球交響曲の説明をしました。

2月、Kツーリストから呼ばれました。何をしようとしているのか、説明してほしいとのことでした。
企画書を持って伺い、映画の構想を説明しました。
なぜ諏訪瀬島になったか、その経緯もお話し、青木さんから船を持っている人がいるので、頼むことができる可能性があるといわれたことや、滞在に関しては島民の方が協力してくださるので、Kツーリストのキャンプサイトは使わないし、食糧、水、電気もすべてこちらで用意するつもりであることを率直に話しました。すると担当者は「ゲリラ上陸は認めない」と言い放ちました。(・・・私たちはゲリラなのか、と唖然としたのはいうまでもありません)

数日後、Kツーリストから電話があり、「特別にマスコミ枠に入れるようにするので、ツアーへの申し込みを1週間以内に決めてほしい」と言われました。マスコミ枠といっても、抽選もあるとのことで、ツアー客となんら条件は変わりません。その場で私は、「ひとり40万円なんて払えません。申し込みなんかとてもできません」と断りました。
「そうですか、残念ですね」と電話は切れました。
これで諏訪瀬島への道は、閉ざされたのです。(つづく)
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by yukari_ta-ra | 2009-06-24 06:11 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
皆既日食を求めて2
皆既日食をどこで撮影したらいいのか、情報を集めようとした矢先、ガイアシンフォニーに声の出演をして下さっているYさんから、「皆既日食を見に行きませんか」とお誘いがありました。
場所は諏訪瀬島で、というのです。諏訪瀬島は皆既日食のほぼ中心の位置にあたり、6分以上も皆既の状態を観測できるところです。
「実は、撮影を考えているのです。ぜひ諏訪瀬島にご一緒させてください」と即答でお願いしました。

Yさん曰く、むかし、「諏訪瀬第四世代」というドキュメンタリー映画が製作され、その映画の関係者の同窓会を皆既日食のときに開く計画があり、映画のナレーションをしたYさんもそこに呼ばれているというのです。
しかも、その映画の監督は上野圭一さんだというのです。
上野さんは、アンドルー・ワイル博士の著書のほとんどを翻訳されており、実は私たちがずうと映画の構想について相談してきた方です。
同窓会を計画しているのは、やはりこの映画に出演した火山写真家の青木さんという方でした。
諏訪瀬島は活火山で、今でも噴煙をあげている島です。その火山の活動を40年にもわたり観測し写真に撮り続けてきた方です。
Yさんは、すぐに青木さんに連絡を取ってくださり、諏訪瀬第四世代の映画のVHSテープもすぐに送ってくれました。
この共時性!をどう理解したらいいのでしょう。

さらに、諏訪瀬島が火山島であるということも、大きな魅力でした。第七番の霊性の原風景では、水、大地、風、空、そして火を描こうとしていました。
12月になり、早速、監督と私とラインプロデューサーの西嶋と三人で出雲で燻製作りをしていらっしゃる青木さんを訪ね、諏訪瀬島での撮影に協力していただきたいとお願いしました。
そして青木さんの紹介で、十島村の村長に挨拶にいくことになったのです。。

十島村へのあいさつとともに、諏訪瀬島の下見のスケジュールを組み、年が明けた2009年1月、鹿児島市にある十島村役場をお訪ねしました。
そこで、私たちは、Kツーリストがトカラ列島はすべて独占をして入島を牛耳っていることを聞かされたのです。それはツアー料金ひとり40万円を払わないと島に行くことができないというものでした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-19 23:56 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
考える力をつけるどんぐりの取り組み
私には14歳の息子と5歳の娘がいます。息子が11歳になったころのことです。算数でつまづきました。
当時流行っていた100ます計算を自宅でもやったり、何かいい勉強法はないか、いろいろ模索していたところ、どんぐり倶楽部の勉強法に出会いました。
藁にもすがる思いだったので、早速、取り入れました。
最初の1ヶ月は、私はサリバンかと思うほどでした。
息子は「こんな問題、見たことがない!」「わからない!」と癇癪を起していたのを、サリバン先生のごとく、忍耐し続けました。
どこからなら出来るのだろうと、問題のレベルを下げていったところ、なんと小2でした。そこからやり直しです。変化が表れ始めたのは1ヶ月を過ぎてからです。息子のほうから、問題に取り組み始めるようになったのです。
息子のほうが私が言うより先に問題を解いていて、そのノートをさりげなく置いてあるのです。ノートを開けて「うわ~、すごいね~、もうやったの!」と褒めると、すごく嬉しそうに笑った顔が今でも忘れられません。
ある時のこと。息子はそばにきて、「お母さんは僕のことが好き?」と聞いてきました。「もちろん、一番好きに決まってるでしょ」というと、またまた嬉しそうでした。
このときの息子の変化は、どんぐりの問題を親子でやりはじめたからだと今でも思っています。
どんぐりの素晴らしさは、体験しないと伝わらないので、あまり人に伝えることはなかったのですが、同じような悩みを抱えている人がいるかもしれないと思い、MIXI内でどんぐり倶楽部のコミュニティを立てたりもしました。(今は管理人は譲っております)
ここ数年はどんぐりと離れていたのですが、今、5歳の娘も始めました。(ここまで待っていたのです)息子のときのサリバン状態とは違って、まっさらな状態から始めたので、これがすごく楽しい!
そのどんぐりが、今日(6月18日)、NHKの「クローズアップ現代」(19:30~20:00)で取り上げられるそうです。題して「10歳の壁を乗り越えろ ~考える力をどう育てるか~」
NHKでどんなふうにどんぐりが紹介されるのか、楽しみです。

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by yukari_ta-ra | 2009-06-18 05:38 | 今日の想い
皆既日食を求めて その1 
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地球交響曲第七番のロケハンで奄美大島に行ってきました。
第七番のテーマは、「自然治癒力」ですが、テーマについてもっと簡単に噛み砕くと、今、人間ばかりでなく、地球(ガイア)も健康状態が悪くなってきています。ガイアの自己治癒力は、私たちの心がまず健やかになることで発現できるのではないか、というそんな想いを表現できればと、今、撮影に臨んでおります。
自然治癒力は誰の体のなかにももともと備わっている力ですが、それは心とも密接に関係しています。
ガイアにとっても同じことで、私たちが、このガイアという生命体のなかで生かされている存在である、ということに気づくこと、そういう心のありかたがガイアを健やかにし、21世紀を生きる私たちもすべての命も健やかに生きることができるのではないかというのが、今回の映画のテーマです。
今年、46年ぶりに日本で観測される皆既日食は、そういう大きな気づきをもたらすきっかけになるかもしれません。

第七番の撮影がクランクインした2008年7月22日のときは、実は皆既日食のことは全く念頭にありませんでした。
アンドルー・ワイル博士の著書「太陽と月の結婚」は、まさに皆既日食によって意識の変化が起きた自らの体験をもとに綴っていますが、その肝心のワイル博士の出演もまだ決定していませんでしたし。

ワイル博士から正式な出演許諾をいただいた昨年9月から、映画の内容の方向性がはっきりと見え始めたとき、私たちは皆既日食の情報を知りました。
そのときはワイル博士の「太陽と月の結婚」は知りませんでしたが、直観として皆既日食はとても重要な撮影になることがわかりました。
では、どこで皆既日食を撮影するのか。そこから不思議な旅が始まりました。
そのことをようやくお話できるときが来ました。少しづつ書いていきます。


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by yukari_ta-ra | 2009-06-17 05:52 | 地球交響曲 ガイアシンフォニー
イー・ウーマン円卓会議を終えて
イーウーマンのサイト、ご覧になれましたか。
最終的な結果は、激しい乱高下の末、最下位でした!いやはや、難しいですね。
さて、地球交響曲観たことがありますか、の問いかけに対しては2割の方がYES,となりました。
スタート時は、2割に届いていなかったので、少し加勢があったかなと思ったりしております。
応援ありがとうございます。

さて、この2割を多いとみるか、少ないとみるか、そのことは円卓会議ではあまり触れませんでしたが、皆様はどう思われますか。
私は、ほとんど口コミでしか広まっていない割には、2割も観てくださっていると感じました。

自主上映会で地球交響曲をご覧になった方は、延べ230万人です。でもこれは92年の公開時からの延べですから、17年で割ると、1年に約13万5千人。ひと月平均1万1千人ということになります。
この数字は多いのでしょうか。少ないのでしょうか。
最近、シネコンなど、一気に100スクリーン以上で公開される映画は、わずか1週間で50万人くらいの動員を達成する映画もありますから、やっぱりガイアは地味ですよね。

でも、実はこの「じっくり、ゆっくり、ていねいに」上映された地球交響曲は、消費される映画ではなく、心に残る映画になっていると自負もしております。17年も同じシリーズで作られるドキュメンタリー映画って、ないと思うのです。
何よりも、この映画の製作は、第4番からは観客の皆さんお一人お一人の寄付によって作られているということがすごいことだと思うのです。
第7番は、今まで見たことのない8割の人にも、伝わるような告知をしたいとは思うのですが、やっぱり今まで見てくださった方に「第7番も見たい」と言われることのほうがどれだけ嬉しいか、そういうふうに待っていてくださる皆様に向けて作らせていただこうと思いを強くした円卓会議でした。
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by yukari_ta-ra | 2009-06-12 22:51 | 今日の想い



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