カテゴリ:いのちの環(わ)( 13 )
木こりになろう。間伐体験2
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木の皮をむいています。
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間伐の木を生かしてコードウッドハウスをつくります。
木の変化を調べる経年経過実験のために、小さな壁をつくりました。
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木は、樹皮が剥かれると、枯れてゆきます。
巻き枯らし間伐は、その木の性質を取り入れ、樹皮を一部むき、そのまま1年くらい放置して、
枯れたときに、切り倒すというものです。
この間伐方法に注目し、さらに間伐を有効に利用する方法がないかと考えたのが大西よしはるさんです。
大西よしはるさんは、森水人ネットワークという活動をされています。

大西さんは、ヨーロッパにある家で、細い木を利用したコードウッドハウスの材として間伐材が使えるのではないかと考えました。
このためには、樹皮はなるべくたくさん向いたほうが、虫などもつかず、材として使えるということで、大西さんの巻き枯らし間伐は、木のてっぺんまで皮をむきます。

先ず、私も皮むきに挑戦。皮をむく時期は、4月から9月くらいがベストだそうです。
木の下のほうに切り込みを入れて、そこから上に向かって一気に皮をむきます。
すると、本当にきれいな木肌が現れました。
皮をむいた木は立ち枯れてゆくわけですが、なぜか、私は木が喜んでいるような感じがしました。と同時に感謝の気持ちがわきあがってきました。
命のうつしかえ。
他の命になって生かされてゆくことは、木の使命なのだと思いました。

ただ、チェーンソーでやみくもに切り倒し、根こそぎ持っていくやり方は、森の命を無視していて
そういうふうに商売に使われた木は、捨てる時も簡単に捨てられてしまう。
そんなことを木は望んでいないわけです。

さて、コードウッドハウスですが、湿気の多い伊豆大島でも建てられるのかどうか、まず、木の変化をしらべるために、小さな壁づくりを行いました。
さてこの壁、どうなることでしょう。
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by yukari_ta-ra | 2008-07-04 02:35 | いのちの環(わ)
木こりになろう。間伐体験1

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巻き枯らし間伐ってご存知ですか。

日本中に植林された杉やヒノキの林が、森の手入れをされることなく放置されていることがいろいろな意味で問題を引き起こしています。
たった1種類の木をたくさん植えたことで、森の生態系が乱れ、大地が疲弊し、命の循環がなくなり、自然環境が少しでも変化すると、水害や土砂崩れが起きたり、人間の体にも悪影響を与えています。

なぜ、日本の森が放置されてしまったか。それは、ブラジルやカナダなどから輸入する木のほうがはるかに安く入手できるようになったからです。
今や、森を守ってきた木こりが日本からすっかり消えつつあります。
木こりって言葉すら死語になりそうです。

植林した杉やヒノキを大きく育ててゆくためには間伐が必要です。幹の上のほうで葉っぱと葉っぱがぶつかると、それ以上、木は大きくなろうとしません。適度な光が森に降り注ぐ空間を作らなくてはなりません。
でも、間伐作業はお金も労力もかかり、結局、放置されてしまうのです。
近年は各行政が間伐の予算をとるようになりましたが、それでも木こりの成り手は少ないのです。
日本の森がそんなひどい状態になっていることは知っていましたが、素人の私には森のために、何かができるとは全く思っていませんでした。

でもこの捲き枯らし間伐は、力のない女性や子供でも出来るのです。
木の皮をむいて、そのまま一年くらい置いておくと、木は自然に枯れてゆきます。
十分枯れたところで、切り倒します。軽くなっているので従来の間伐より安全性が高くなります。
今までは、間伐された木は、割り箸とか、おがくずチップになって畑にまかれるとか、その程度の需要しかなかったのですが、間伐を材として生かす道を今、模索している人がいます。
その方は大西さんといいます。
大西さんとの出会いで、私は森の中に、森のよみがえりのために出来ることに出会ったのです。
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by yukari_ta-ra | 2008-07-03 06:20 | いのちの環(わ)
新月に想う
8月13日の新月の晩のことでした。

あまりにも星がきれいだったので、みんなで星を見に出かけたところは三原山の裾野です。
星明り以外には何もない森のなかの道を歩きました。

ぐるっと巡って、車のところに戻ってきて、車に乗り込もうとした瞬間、タイヤに足をぶつけ、親指の爪がはがれてしまいました。
しかし、痛みなど感じないほど、あまりにも一瞬のことだったのです。

マムシのエキスやらどじょうの黒焼きを塗り、ホメオパシーのレメディを飲み、結局病院にはいかずに傷口の自然治癒を待つことにしたのですが、それにしてもほとんど怪我らしい怪我など今までしたことがない私は、なぜこんな怪我をしたのか、考えました。
仕事が忙しかったから歩けなくして「休みなさい」という警告なのか、とか、民間療法の威力を知るため、とか考えたのですが、どれも腑に落ちませんでした。

3ヵ月後の11月10日の新月の晩。
また私は大島にいました。
足の爪の答えをみつけたいと思っていました。

そして、その答えがふとわかったのです。
それは
「闇のなかを歩くときは、慎重に、心静かに、注意深く」
でした。

闇とは、暗闇だけではなく、心の闇やあらゆるところに潜む闇です。
そして、闇があるから光があることを知ることも出来る、その闇です。

私の爪を1枚、サクリファイスとして捧げ受け取ったメッセージです。
皆さんは闇、という言葉に、どんなものが心に浮かぶのでしょうか。
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by yukari_ta-ra | 2007-11-14 22:51 | いのちの環(わ)



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